前回(’80年代)のバブルとの違いは、投機市場に参入している主役や参入動機にありそうで、このため崩壊の様相も異なると思われます。
前回は、土地と株価の値上がり期待が含み益という資産価値を生み、資産家は土地などを担保に銀行から借金をして更なる投機へと膨張していった。全国の山林にいたるまで値上がりし、さらには世界中の不動産、絵画・骨董品、高級車の買い漁りと、狂乱的な過剰消費が繰り広げられた。
つまり、資産家や不動産業、それに群がる銀行を主役とし、消費欠乏を動因としていた。彼らはいずれも昔ながらの資本階級・私権強者であり、その意味では私権社会の正当な?(しかし異常な)縮図でもあったといえる。
しかし今回のバブルは、土地の値上がりは都心の商業・住宅地と限定的で(http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=107972、http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&m=108189参照)、株価の上昇も穏やかである、何よりも狂乱的な過剰消費を伴っていない。だから国債を投入し続けないとGDPは維持できないし、インフレにもならない。
このことは冒頭に引用したように、投機市場の主役が、かつてのような私権派ではなく、(金利の低さもあって)貯蓄の一部を投機に振り向ける個人の小口投資家であることと関係があると思われる。仕事に就かない若者のニート層と比較的暇な中高年が中心と思われるが、彼らは一般大衆と同様、“特に欲しいものない”のであり、特に若年層はお金さえ単なる数字としてしか意識されていないように思われる(儲かっても損しても実生活に繋がるリアリティがない)。
このようなバブルは崩壊しても、前回のように一転して借金→不良債権のどん底に突き落とされることはないだろうが、確実に貯蓄が目減りし、国の借金は増大し続けるという、いわば真綿で首を絞められるような国全体の衰退が進行していく過程のように思われる。
株価維持や上昇に頼った景気第一にうつつを抜かしている間に、確実に国富の衰退と活力衰弱が進行して行っている危惧を感じる。
| 岡本誠 |
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